豊田章男会長「新型センチュリー」のプレゼンから紐解く、企業ブランディングの本質

2025.11.05

豊田章男会長「新型センチュリー」のプレゼンから紐解く、企業ブランディングの本質



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2025年10月30日、東京ビッグサイトで開催された「ジャパンモビリティショー2025」の壇上に、トヨタ自動車の豊田章男会長が立ちました。その姿をご覧になった方も多いのではないでしょうか。この日、豊田会長が語ったのは、単なる国産高級車「センチュリー」の新型コンセプト発表にとどまるものではありません。

このプレゼンテーションを見て、私は強く心を揺さぶられました。なぜなら、そこには日本の経営者や事業責任者が学ぶべき「ブランディング戦略」が凝縮されていると感じたからです。そして同時に、「日本がこれから進むべき道」を明確に示す最高のメッセージでもあったと思います。

今回は、この豊田会長のプレゼンテーションから見えてきた、企業ブランディングの真髄について考察して参ります。
※本コラムはYRK&コンサルタントによる独自視点の論考です。

センチュリーHP

画像出典:トヨタ センチュリーブランドサイト

ブランドの原点:「別格」を追求した“人”の情熱

豊田会長のプレゼンテーションが異質だったのは、車のスペックやデザインの解説が一切無かった点です。語られたのは、センチュリーというブランドが生まれた「背景」と、そこに込められた「人」の物語でした。

豊田会長は、1930年代にトヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏が掲げた「日本人の手と頭で自動車工業を作らねばならない」という志、そして戦後の混乱期に「平和日本の再建と世界文化への貢献」を目指した先人たちの想いから話を始めました。

センチュリーの開発が始まったのは1963年。初代主査に任命された開発者、中村健也氏に与えられたミッションは、日本の誇りを象徴する車を創り上げること。彼は「同じでないこと」を徹底的に追求したそうです。当時の高級車は欧米の模倣が主流であった中、彼はその流れに真っ向から逆らい、江戸彫金や西陣織といった日本の伝統工芸、そして日本人の感性に訴えかける意匠を車に落とし込むことにこだわりました。

このプレゼンは、まるで往年の「プロジェクトX」や「ガイアの夜明け」を彷彿とさせるものでした。プロダクトの背後にある、開発者の強烈な熱量、情熱、そしてプライド。中村氏という一人の技術者の「執念」とも言えるこだわりが、センチュリーという唯一無二のプロダクトを生み出したのです。

ここに、ブランド構築における重要なファクトがあります。すなわち、ブランドとは「人」の情熱の結晶である、ということです。

エンジンを組み立てる作業員

センチュリーが体現する「ジャパンプライド」の真髄

豊田会長は、中村氏が貫いた精神、すなわち日本の伝統と最新技術の融合こそが、現代の日本に必要な「ジャパンプライド」であると強調されました。センチュリーは、単なる移動手段としての「高級車」ではない。それは、世界に対して日本文化の奥深さと、それを実現する高度な技術力を同時に発信する「走るアンバサダー」であると。

高度経済成長期、日本が自信を取り戻していく中で、「世界に誇る日本のショーファーカー(お抱え運転手が運転する車)」としてセンチュリーが果たした社会的意義と価値。そのストーリーこそが、センチュリーというブランドに「深さ」を与えているのだと考えます。多くのブランドがグローバル化の波の中で無国籍化していく中、センチュリーは逆に「日本であること」を徹底的に磨き上げ、それを価値として提示しました。この「ジャパンプライド」の体現こそが、60年近くにわたり日本のトップリーダーたちに選ばれ続けてきた理由なのだと思います。

センチュリーHPより

画像出典:トヨタ センチュリーブランドサイト

革新を恐れるな:高級車(既存事業)のアキレス腱への挑戦

豊田会長の言葉には、もう一つ、経営者として耳を傾けるべき重要なフレーズがありました。
それは、「今(当時の)高級車開発のアキレス腱は、新しいことをする、革新的な技術開発に挑戦できないこと、これを変えたい」という想いです。

これはセンチュリー開発当時の話であると同時に、現在のJTC(Japanese Traditional Company)、すなわち古い企業体質や硬直的な組織文化によって変革が阻まれがちな伝統的な日本企業が抱えるジレンマそのものではないでしょうか?

「伝統」や「格式」は、一度確立すると強固なブランド資産となります。しかし、それは同時に、大胆な革新や変化を拒む「足枷」にもなり得ます。豊田会長は、センチュリーというトヨタの最も伝統的なブランドにおいて、あえて「コンセプトカー」という形で革新的な提案(SUVタイプの導入など)を過去にもぶつけてきました。

これは、「伝統は、守るだけでは続かない。革新し続ける勇気と情熱があってこそ、未来の伝統として受け継がれていく」という強いメッセージと解釈できます。豊田会長も「伝統は後から自然にできるもの」と仰っていました。
まずは情熱を持って革新に挑むこと。その情熱的な「人」のスピリットこそがブランドとして愛され、結果として伝統に昇華するのです。

センチュリーHPより2

画像出典:トヨタ センチュリーブランドサイト

「失われた30年」を取り戻す、国内経営者への“喝”

このプレゼンを「ブランディングのお手本」と感じた最大の理由は、豊田会長が「人」を軸にしたストーリーテリングを、会社のトップとしてご自身の「言葉」で、情熱的に語りきった点にあります。これは単なる新車発表会ではなく、豊田会長が自社の社員、そして日本中のビジネスパーソンに向けて発した、強烈な「喝」のように私には聞こえました。

「今のままでいいのか、日本企業!?」
「我々が持つ日本の技術、日本の文化、日本の底力はこんなものではないはずだ!」
「このセンチュリーを見て、お前たちももっと頑張ってくれ!」

センチュリーというプロダクトの開発ストーリーと、会長自らが「想い」を発信するその姿を通して、トヨタという企業の「フィロソフィー」と、そこで働く「人」の想いが、これ以上ないほど力強く伝わってきました。そしてそれは、日本企業が再びグローバル市場で存在感を発揮し、価値を提供していくことの重要性を説くものでした。豊田会長は、「失われた30年」の停滞感を打破する方法を、評論ではなく自社の最も象徴的なプロダクトをもって「具現化」してみせたのだと思うのです。

これこそ企業ブランディングの「教科書」なのでは?

企業価値を高め、真のコーポレートブランディングを推し進めていくとは、どういうことか。それは、小手先のマーケティング戦略や、美しいCI(コーポレート・アイデンティティ)を策定することだけではありません。

  1. 企業の原点にある「人」の情熱とフィロソフィーを掘り起こすこと。
  2. それを体現する、革新的なプロダクトやサービスを生み出し続けること。
  3. そして何より、経営者自らがその「想い」と「ビジョン」を、自分の言葉で、情熱を持って社内外に発信し続けること。

豊田会長が新型センチュリーの発表で見せた一連のプレゼンテーションは、まさにこの全てを実行する、日本経済を力強く牽引するための「経営者としてのあるべき姿」であり、我々が学ぶべき「企業ブランディングの教科書」そのものでした。

私たちもまた、自社のビジネスにおいて、この「人の情熱」を中核に据え、世界に誇る価値を創造し続ける覚悟が問われています。
※本コラムはYRK&コンサルタントによる独自視点の論考です。


株式会社 YRK and
ブランド推進部
Marketing Teams 統括
越野 浩平
Writer

株式会社 YRK and
ブランド推進部
Marketing Teams 統括
越野 浩平

2005年 株式会社YRK and入社。事業部、企画営業職として様々な企業のプロモーション、コンテンツマーケティング等に携わり、デジタルマーケティングを得意とする。現在は自社のインバウンドマーケティングの全体統括やインサイドセールスへのリード振り分けの交通整理を行うかたわら、企業への営業戦略のDX化に関わる企画提案、コンサルテーションを行う。