2026.07.23
企業の事業構造を根本から見直すReBusiness(事業再生・再成長)、またリブランディングの前線に立って数多くの経営者の方々と日々対峙していると、ある冷徹な現実に直面します。
それは、「圧倒的なタレント(個の能力)の不足」を理由に、事業の成長を諦めてしまっている企業が極めて多いという現実です。
「優秀な人材が採れないから、競合に勝てない」「大企業のような資本力や個の強さがないから、イノベーションが起きない」。
しかし、本当にそうでしょうか。ビジネスにおける最大の誤謬は、組織の総和を単なる「個の能力の足し算」だと信じ込んでいることにあります。激闘の末にスペインが2度目の優勝を果たして閉幕した、FIFAワールドカップ2026で日本代表を率いた森保一監督のマネジメントに着目してみました。
個々の市場価値やフィジカルの優位性では、欧州や南米の強豪国、アフリカのタレント集団に劣るかもしれません。しかし、マネジメントの力によって組織のポテンシャルを最大化し、格上の強敵と互角以上に渡り合う。
今回のコラムでは、ワールドカップでの日本代表の戦い方を、最先端の組織論・ブランディングの視点から解剖します。

ブランディングにおいて最も重要なのは、戦略から戦術、そして現場の末端にいたるまでストーリーが一気通貫していることです。森保マネジメントの凄みは、まさにこの「一貫性」の徹底にありました。
チームづくりの底流にあるのは、日本人ならではの強みである「和の精神」ではないでしょうか。これを単なるスローガンに終わらせないための施策が、実に見事に機能していました。
吉田麻也選手や南野拓実選手といった実績のあるプレイヤーを、あえてサポートメンバー的立ち位置としてチームに帯同させる。さらに、かつて日本代表を背負ってきたレジェンドである名波浩氏、中村俊輔氏、前田遼一氏、長谷部誠氏らをコーチ陣として招聘する。さらに、ピッチ内外でチームの精神的支柱となる長友佑都選手を常にメンバーとして選び続ける。ここまで徹底した人事を尽くしたチームは他には例がありません。
なぜ、これほどまでに徹底した人事が必要だったのか。それは、「誰を起用し、どのような役割を与えるか」という人事こそが、言葉以上に理念を伝える最強のメッセージになるからだと考えられます。このアプローチは、企業のインターナルブランディング(理念浸透)と全く同じ構造と言えます。組織の歴史とカルチャーを体現する「象徴」を現場の要所に配置することで、「目指すべき姿」や「重んじる価値観」を言葉だけでなく態度で示し、組織の細胞一つひとつにまで行き渡らせていたのです。

目標設定とそのアプローチの徹底ぶりも、従来の日本サッカーの常識を打ち破るものでした。掲げた目標は「ワールドカップ優勝」。これを本気で実現するために、大会計8試合を戦い抜くという逆算の想定からメンバーが選考されました。
これまでの日本代表にありがちだった、グループリーグ突破のために初戦から主力全員を注ぎ込み、決勝トーナメントで力を使い果たしてしまう消耗戦の構造。森保監督はこれを明確に否定したのです。相手チームの特徴を冷徹に分析し、あえて順番に主力を休ませ、様々な選手を起用しながら戦っていく。目標と自分たちの強みを絶対にブラさずに戦略を立て、それをピッチ内外の具体的な戦術にまで徹底的に落とし込む。この一貫した合理性こそが、現代の優れた経営戦略そのものでした。
しかし、ビジネスもスポーツも、筋書き通りには進みません。決勝トーナメント初戦のブラジル戦、日本は終了間際に逆転を許し、ベスト32で大会を去ることになりました。その戦いにおいて、これまでの積極的な連動から一転し、守備重視の戦術をとったことで、世間の評価は賛否が分かれています。
ここで問われるべきは、戦術の是非そのものではありません。強大な競合(ブラジル)に対して、組織としてどのような「最適解」を導き出そうとしたのかという、戦略の柔軟性と冷徹な現実対応力なのです。

どれほど優れた戦略があっても、リーダーのワンマン経営では現代の激変する市場(ピッチの状況)には対応できません。森保監督は、各コーチ陣に大胆に権限を委譲しながら組織を実行フェーズへと移していきました。
監督がすべてを決めるのではない。各領域のプロフェッショナルであるコーチ陣を信頼し、任せる。このトップダウンとボトムアップの絶妙なバランスは、選手たちの間にある「自主性」を芽生えさせました。
試合の状況が刻一刻と変化する中、ベンチからの指示を待つのではなく、ピッチ上の選手自らが課題を察知し、リアルタイムで解決していく。軸となる共通認識があるからこそ、誰が出場しても戦術レベルのバリエーションが豊富になり、組織が大きく崩れることがない。属人性を排除しながら、組織としての柔軟性と現場の対応力を極限まで高める構造が、たしかにピッチ上に存在していました。
この構造は、予測不能な市場のボラティリティ(変動性)に直面する現代企業にとって、極めて示唆に富んでいます。これからの時代に求められるのは、与えられた指示通りに動く「優秀な歯車」ではなく、不確実な状況下でも自ら問いを立て、解決策を導き出す「自律型の人材」です。細かなマニュアルで縛るのではなく、大いなるビジョンと裁量をセットで委譲する。このアプローチによって初めて現場に健全なオーナーシップ(当事者意識)が生まれ、変化に翻弄されない強靭な組織基盤が構築されるのです。

このマネジメントが生み出した結晶が、大会を通じて見せたあの美しい得点シーンです。個の能力(圧倒的なドリブルやフィジカルの優位性)だけに頼った単発のゴールではありません。2名、3名と周囲の動きが有機的に連動し、組織として相手の守備を崩し切る形。それは、個のタレントに頼る欧米の強豪国とはまた違った、組織美と呼ぶべきものでした。
そしてこの一貫性は、ベンチ外のバックアップ選手が給水時(ハイドレーションブレーク)や練習中にスタメンを献身的にサポートする姿にも表れ、さらにはサポーターへと伝播します。
圧倒的な一体感で応援し、試合終了後は一丸となってスタジアムを清掃して帰っていくサポーターの姿。彼らもまた、日本代表というブランドを構成する重要なステークホルダーとして、同じビジョンを共有していたのです。

今回、日本はまたしても「ベスト8以上の壁」を越えることはできませんでした。しかし、アジア各国が軒並み苦戦を強いられる中で、前回大会に続いて世界の強豪国と互角に渡り合えたという事実は、まぎれもない「持続的な成長」の証拠です。あと一歩のブレイクスルーは、4年後の未来へと持ち越されました。
森保監督のマネジメントがビジネス界に放った最も強烈な示唆。それは、「明確なビジョンとブレない信念をもってマネジメントを徹底すれば、個の強さを単に足し算した組織を遥かに上回る、『掛け算』の組織が創り出せる」という事実、そして「その戦略は、常に現場の厳しい検証とアップデート(PDCA)を必要とする」という教訓です。

才能ある個、莫大な資金力、恵まれた環境。それらが揃っていなければ勝てないという言い訳は、もはや通用しません。自社の強み(カルチャー)を徹底的に深掘りし、戦略から戦術、インナーからアウターまで一気通貫して落とし込む。そして、結果を恐れずに挑戦と軌道修正を繰り返す。
これこそが、不確実な時代において中小企業が大企業を、あるいは既存のパラダイムを覆し、未踏の成長ステージへと駆け上がるための、最も強く、美しいReBusinessの形なのではないでしょうか。