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コラム

, , 2021/05/13

事業変革を繰り返した、株式会社東山の企業パーパスに迫る

株式会社東山

今年創業73年目を迎える、株式会社東山
炭の販売から始まり、「ガソリンスタンドやガス販売事業」といった「エネルギー事業」を中心に事業を拡大し、現在は「フィットネス事業」や「リハビリ特化型デイサービス事業」。発達に遅れのある子供たちの「児童発達支援事業(運動療育)」や「ITソリューション事業」等々、計8事業を展開されておられます。
しかし、成長を遂げる背景には、様々な苦難と障壁があったそうです。
今回は代表取締役社長の西村 隆一郎氏に、どのようにして事業をスケールさせ、どんな想いで会社を経営してきたのか?
株式会社YRK& 代表取締役社長の中許 将一がお話を伺いました。

迫りくるエネルギー事業の限界と、企業体質の変換

[中許] 創業当時からの事業の変遷を教えてもらえますか?炭事業をおじい様がやっておられて、お父様が継がれた?

[西村] そうです。当時は炭の配給を曽祖父がしていて、創業は祖父の時代です。ガソリンスタンド事業を60数年前から展開し、家庭において薪とか炭でご飯を炊いていたものが一気にガスというものに変わったので、同時期にガス事業にも参画いたしました。

[中許] 西村さんが、お父様から社長を継がれたのは何年ごろですか?

[西村] 6年前ですね。大卒でエクソンモービルに入社し、25歳の時に今の会社に戻ってきたので、それから今で16年経ちます。約10年間、社長に就任する前から新事業の立ち上げをメインにやってきたというカタチですね。
当時、27歳くらいの時に、都市ガスも電気も含めて一気に他のエネルギーに変わる転換期が来たんです。そこで今のエネルギー事業をやっていても、どんどん衰退していくだけなので、全然違うことをやってみようかという感じになっていって。

[中許] 太陽光パネルが登場したのもこの時期ですしね。なるほどそれでこの先、危ないと思われて?

[西村] 何かしないといけないなと。

[中許] 全く新しい事業を立ち上げる事に対して、社内の役員の方は肯定的でしたか?

[西村] いや、否定されましたね。「そんなもん、油売ってるやつが何違うことができんねん!」って感じですね。
でも、ガソリン市場はどんどん厳しくなっていったんです。
リーマンショックの直前で、投機的なお金が原油に一気に入って、1バレル50ドルの原油が140ドルくらいまで跳ね上がったんです。何も利益は上がっていないのにどんどん手元資金が足りなくなってくる、ということが起きて・・・。

[中許] で、なんとか変えないといけないと、27歳の青年は立ち上がったわけですね。

[西村] そうですね、何かないかと。

&マガジン#1_東山 西村氏

事業変革のきっかけ・新事業を決めたのは西村 隆一郎の原体験

[中許] まずは何からしたのですか?

[西村] まず最初は30分フィットネスのカーブス事業の立上げです。
ただ役員は全否定でしたが、惹きつけられるものがあり、実際の店舗を見に行ってその場で即やるって決めました。28歳の時でした。これは来る!と。直感でした。

[中許] エネルギー事業をされている会社がフィットネス事業をやるって、一体どういう部分に惹かれたのですか? 関連性などは? 

[西村] 過去に経験した大きな病気が一つのきっかけです。
22歳のときに難病を患って余命2年と言われ、1%の完治率と言われたんです。でも奇跡的に完治した際、その時の主治医からこう言われたんですよ。
「頑張ってよくやった。ただ、あなた自身の力もあるけど、それ以外の力がある。」と。それが何かと聞くと、「家族や会社の先輩、同僚、あなたの周りの方々が、いっぱい応援してくれた。あなたは周りの人から自分の命を繋いでもらった。だから今後もしあなたの周りで困っている人がいたら、あなたが最初に助ける人になりなさい。」と。

[西村] 当時はそこまで気に留めていなかったのですが、28歳で新しい事業を探している時にフィットネスのカーブスという事業を見て、店舗視察した際にこの言葉が蘇ったんです。
店舗視察で、年配のメンバーさんのお話を聞いていたら、
「娘に無理やり連れてこられた」と仰るんです。「ずっと健康でいてほしいからと連れてこられた。最初はイヤだったが、やっていくうちに私でもできると。みるみる体が変わって、心もスッキリ。健康は自分一人では作れないけど、大切な周りの人が自分の健康を支えてくれているのよ。」と。
その時に、退院時に言われた主治医の言葉がパッと降りてきてリンクしたんです。この事業、何がなんでもやるって決めた瞬間ですね。

[中許] 西村社長の原体験が、御社のビジネス発展の原動力になったんですね。

[西村] そうです。しかし、あくまでもそれは私の個人的な熱意で、会社や役員からしたら関係ないので大反対でした。役員会議も3回やって説得して、失敗したらこの会社退職しますとも言いました。もう背水の陣ですよ。ただし、それだけ会社の未来を考えていたんです。しかし何とか説得して、カーブス1号店を2008年にオープンしました。

&マガジン#1_東山 西村氏

「フィットネス」による事業成長と、多事業化への挑戦

[中許] カーブスの立ち上げ時はどうでしたか?

[西村] 最初はお客さんを集めるのが結構大変で・・・。やっぱり、誰も見たことのないフィットネスで。しかも年齢層が高い人は今まで運動するとか筋トレするとか誰も考えていないし。そこで近隣の500箇所のお店を一軒一軒歩いて、オープンのご挨拶をして回りました。美容院とかすべてのお店に、オープン前のお披露目会に来ていただけませんか?と。
一般家庭にもポスティングをしたり・・・。そこから少しずつ効果が出てきて。

[中許] 忙しく働いている高年齢の女性、美容室、喫茶店、飲食店にターゲティングしたんですね? 

[西村] 商圏が昔ながらの商店が多かったので。その商店で働いている人が口コミしてくれるんです。新しくできたお店のスタッフさん、何度も頑張って足を運んでくれているわ・・・という感じです。

[中許] どれくらいの期間で採算ベースに乗ったんですか? 

[西村] 半年くらいですね。計画通りでした。早いくらいです。
翌年に2号店を立ち上げて、ほんとに頑張ってくれて、損益までは2ヶ月くらいで行ったんです。そして3号店に行く寸前くらいで利益体制が前向きに変わりはじめてきたので、役員会でももっと増やしていこうとなりました。

[中許] カーブスは今、何店舗あるんですか?

[西村] いまは女性が7店舗で男性が1店舗です。

[中許] エネルギー事業から一気に事業転換できたんですね。それからの新事業はどのように始められたのですか?

[西村] カーブスをやってる途中から、今度はリハビリ専門のデイサービスに参入しました。
カーブスって年齢層の高いフィットネスなのですが、退会される方の理由を聞いていると、家でコケちゃって寝たきりになっているとか、病院に入ってそのあとリハビリがうまくいかなくて寝たきりになったから、もうフィットネスができなくなった、という話を聞くんです。一般のデイサービスや介護施設って、何もかもやってあげることによって介護状態をさらに悪化させてしまう事があり、結構問題にもなっていて・・・。
そこで、そういう介護状態になった方をリハビリ特化型のデイサービスを作って、みんな元気になってもらって、またカーブスに戻ってきてもらうという循環を考えたんです。
ビジネス的にも時間はかかりましたが損益はプラスになりました。その後、更に高齢層向けの「訪問入浴サービス」も展開しました。

[中許] 利用者の声を丁寧に聞いて、顧客満足度をあげ、LTVを上げていくために新事業を展開していったんですね。

[西村] 仰るとおりです。これらをしていくうちに、高齢者のだいたいの層をカバーしたので、その後は発達に遅れのある子供たちの児童発達支援事業(運動療育)もはじめました。

サステナブル思考と原点回帰

[中許] 今後の展望について教えてください。

[西村] 今、やろうと思ってるのは林業です。
うちはもともと京都で唯一の炭問屋。そこでもう一回炭を焼こうということになったんです。というのも、昔、京都は鞍馬炭という、鞍馬寺の奥で炭焼きをして売っていたという文化があったんです。でも20年以上前にその文化がなくなって、誰も炭を焼かなくなってしまった。そこで、今から3年前に村の特産品であった炭をこのままなくしてしまっていいものかと、村の方たちが立ち上がり、その時にお声かけをいただきました。

[西村] 今はその炭をグランピング施設のバーベキュー用に使ってもらったりしていますが、中々それでは文化を繋いでいけない。そこで、広河原っていう鞍馬の場所で、京都初の、茶道で使うお茶炭を作る事になったんです。茶炭は切り口が菊の紋章の形の、クヌギっていう木からしかできない炭なんですが、京都は茶道発祥の場所にもかかわらず、その茶道において必ず使う炭に、京都産のものがなかった。今回せっかく炭を作るのであれば、京都の茶道界に提供できるようにと、今クヌギという木を植樹しています。

[中許] そのアイデアがサステナブルでとても良いですね、儲ける儲けないは置いといて。

[西村] そうですね、炭は創業のものなので、まさに原点回帰です。

&マガジン#1_東山 西村氏

有形無形問わず、ヒトにエネルギー(元気)を提供する会社

[中許] 最後に、西村さんにとって事業変革とは?

[西村] 事業変革、大好きですね。もともと事業は、変革しないと会社は死ぬっていうようなことを誰かからある時に言われて。そこから確かに事業変革しないと、会社が死んでいってしまうんだなっていうのを感じることが多々ありましたので。

[中許] ここまで事業変革を行い、多事業展開していたら、お得意先から「今、何屋なの?」って聞かれたりしませんか? 

[西村] よく言われます。そうですね、ガスもガソリンもフィットネスも介護もって・・・。何屋なんでしょう?
目に見えるエネルギーも、目に見えないエネルギーも、人が生きていく上で必要なエネルギーを提供し続ける、総合エネルギー会社ですかね。

[中許] 生きるエネルギーを届ける。これがまさに東山さんの企業パーパスですね。
本日は貴重なお話、ありがとうございました。

&マガジン#1_東山 西村氏

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事業の変革を通じて、様々な危機を乗り越え、時代の牽引者となった、企業家・経営者様に焦点を当てたプロフェッショナル同士の対談記事です。
過酷な経営者業を生き抜くための、事業変革やリブランディングのヒントになれば幸いです。

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