COLUMN

コラム

, , 2021/08/30
Top_&magazin-vol.03

売上規模にはこだわらない。
大企業には真似できないスピード感でコロナ禍でも過去最高の売上を達成。
「ピコモンテジャパン」の事業の変遷と成長に迫ります。

&magazine #03

売上規模にはこだわらない。
大企業には真似できないスピード感でコロナ禍でも過去最高の売上を達成。
「ピコモンテ・ジャパン」の事業の変遷と成長に迫ります。

magazine#03_株式会社ピコモンテ・ジャパン

株式会社ピコモンテ・ジャパン

2013年創業、化粧品のOEM・輸入代行・EC販売を手掛ける株式会社ピコモンテ・ジャパン
韓国コスメの輸入代行で起業、EC販売で事業を成長に乗せ、現在ではOEM製造や自社ブランド商品の販売で高収益の事業を展開されておられます。
今回は、資金50万円で起業し、年間10億の売上にまで成長させた代表取締役社長の瀧田充男氏にお話を伺いました。

きっかけは27歳の時、父親から渡された50万円。

[中許] この会社を興されたのはどんな経緯ですか? お父様からですか? 

[瀧田] そうですね、父親がアパレルの服飾資材、ボタンとかを扱う会社をやっていまして。でも私は、父親のようにスーツ着て仕事するよりも、身体を動かす方が好きで。伯父がガテン系の仕事をやっていて結構派手な人だったので、そっちにいっていた。ただ27歳になった頃にこの「雨が降ったら休み、実入りも減る」という状態に不安定さを感じて「親父の会社に入らせてくれ」って…。

[中許] 27歳の時ですか。やっぱりこう、「親父の会社に入らせてくれ」っていうのは恥ずかしかったですか? 

[瀧田] それまでは、恥ずかしいというのがあったかもしれない。けれど、もうこの時は生きていくために仕方ないかな、という感じでした。ところが「お前に払う給料なんかないわ」と言われて…。逆に50万円だけポンと渡されて、これで何か新しい事業を立ち上げろ、って。

株式会社ピコモンテ・ジャパン_瀧田氏

[瀧田] 「机と大阪本町の会社のフロアだけ貸したるから、あとは自分で考えろ」と言われました。その頃、父親はアパレル業界で、韓国から商品を仕入れたりしていた。ちょうどIKKOさんとかが韓国の化粧品を流行らせていたから、「あぁもう、韓国から物を引っ張って売ったらエエわ」っていう安易な考えで始めましたね。ただ、その50万は仕入れたらすぐになくなっちゃうんで、どうやって売ろうと考えていた時に、ネットショップって売れた分の何%かを持っていかれるけど、家賃がいらないっていうのに気づいて。あっ、ネットやろうって思い、ネットショップを立ち上げたんです。もう12年前の話です。

[中許] 12年前っていうとリーマンショックの後くらいですか? その頃、ネットでコスメは? @cosmeとかは普及してなかったですか? 

[瀧田] 当時は、まだガラケーの時代だったので、楽天市場とかヤフーショッピングとかも、そこまで普及してなかった。@cosmeももう少し後かな。それでまぁ、売れた分だけ韓国から仕入れて流す、いわゆるブローカーみたいなことをやっていました。

[中許] 在庫を持たずに、売れたら仕入れる。言葉は悪いけど“せどり”的な感じですか?  先に受注とって後から仕入れると。一番リスクはないし50万円でも回る。そこに目をつけたのはお父様のネットワークからですか?  韓国に知り合いがいたから? 最初、服飾とか化粧品には全く興味がなかったわけですよね? 

[瀧田] いえ、ネットワークはほとんどありません。知り合いは少しいたかな? 当時人気だった「ヤフオク」から一人で始めました。お金なかったんで、昔持っていたブランド物の服とかを売ろうとすると、結構いい値段がついたんですよ。それで「あぁ、日本って広いな」って気づいた。「こんな服でも買う人がいるんだ」って。そこからネットショッピングという物に対して興味が湧いた。しかも韓国コスメが流行っている、韓国に知り合いもいる、それなら頑張って韓国のコスメを売ってみようって、力入れてやり始めたのが最初です。

ネットショップからBtoB(OEM)へ事業拡大。

[中許] 始めた時は一人ですよね? それもすごい。普通だったら怖気づくと思います。最初からイケると思ったんですか? 

[瀧田] そうです。当時は楽天の方が完全に売り場が大きかったのですが、ヤフーは家賃0円。楽天は月3万円くらい必要だった。だから家賃で50万円なくなっちゃうと思って、まずヤフーショッピングからスタートしたんです。1年くらい続けているとそれなりに売れて利益も残って、翌年から楽天にも進出しました。今、ちょうど楽天10周年なんです。楽天始めると、一気に利益がど〜んと膨らんでいきました。

[瀧田] でもまぁ、化粧品仕入れて売るっていうのはすごい利益率が低いじゃないですか。それで、貯まったお金で、自分のブランドで物作りをしようと思い「ピコモンテ」っていうブランドで1個商品を作ったんですよ。そうしたらやっぱり利益率が全然違って。自分のブランドをこう上手いこと表示させていけば売れるなというのに気づいた。そこから、どんどん新商品を作る技術っていうのを身につけていきました。

株式会社ピコモンテ・ジャパン

[中許] その物作りも、どこかのOEM会社にお願いしているのですか? 

[瀧田] いえ、すべて自分たちで作りました。当時から、これが1番安いところはココだとか、こうやった方が安くできるとか、自分で分解して発注していた。1つのところにまとめて頼んでしまうと高くついちゃうんで、国内でも韓国でも自分で発注先を開拓していきました。

[中許] 営業活動についてはどうされていましたか? 競合や大手会社がいっぱいあるじゃないですか。せめぎ合いはあったのではないですか? 

[瀧田] はじめはライバルというか、海外の工場を使った商社っていうのが5社くらいあって、僕らのこと新参モンだからと潰しに来ましたね。追い出されそうになった。でも僕の場合、物作りを自分でやってるから「こうしたらハマる!」というのが全部わかってきたんですよ。そのおかげで、すごく大きな上場企業さんとかとも付き合えるようになりましたし…。

[瀧田] それに僕、自分で言うのも何ですけど、対人コミュニケーションがすごく得意なんです。その時々の得意先のマネージャーというか、偉い人に可愛がってもらえるように、めちゃくちゃ通いつめましたね。それで、自分なりのポジションを作っていった。社内に対しても「絶対に1年目は値段だけは負けるな。納期も絶対に守ろう。お客さんからこの一年で信用を得るための投資だ」と言い続けていました。

株式会社ピコモンテ・ジャパン_瀧田氏

[中許] 瀧田社長だと、何を売っても成功しそうな気がしますね。コロナ禍で皆が売上を落としています。その中でも特に化粧品・観光業・飲食は3大打撃業界って言われてますけど、それでも売上を伸ばしている。その秘訣は何ですか? 

[瀧田] やっぱり大企業にはできない中小ならではのスピード感だと思っています。決済に行くまでに何人も人を通さなくていいし、僕が近くにいるからすぐ決められる。例えばコロナっていうのが日本を襲って来たと。地震の時もそうですけど、やっぱ災害が起こると何かが足らなくなる、というのは絶対あると思うんですよ。そこにいち早く、アンテナ張って気づいて、供給すれば、そこの売上はハンパないことになると思う。一歩間違えたら本当、在庫の山になってしまうんですけど…。それが結構、僕の特技っていうか。例えばアルコール消毒や手指の消毒剤がないってなると、日本にはなくても海外にはあるので。外から輸入し、すぐに流通させました。国内で枯渇していたマスクも同様ですね。このカタチで、去年の売上は過去最大になりました。

[中許] 資金繰りとか経理とか、その辺りはどうやって学ばれたんですか? 

[瀧田] あまり言いたくない(笑)けど、やっぱり親父が教えてくれたかなって思います。借入をこうした方がいいとか、そういうのはやっぱ、親父が教えてくれましたね。当時は親父も毎日会社に来ていたので、財務的な知識とかはその時に教えてもらいました。

[中許] 経営哲学とはこうだ、とか…ですか? 

[瀧田] それはなかったですね。そこはとてもぶつかるんですよ。父親は石橋を叩いて、結果渡らないタイプ。ムッチャ堅く行きたがるんで。僕は、イケると思ったらもうすぐにでも。だから、いつか失敗するかもしれないですけど、まぁ、やってみて後悔したいタイプなんで。

[瀧田] はじめの5年間、いや8年くらいは毎日言われてました。お前のやり方は違うって。だからもう、数字で見せつけてやらないと、黙らへんなって。(笑)
もうそこでしか認めさせられないじゃないですか。だからもう、圧倒的な売上、圧倒的な利益。口出しさせないようにしようって言うのが最初の目標でしたね。

株式会社ピコモンテ・ジャパン_瀧田氏

[中許] それ、かっこいいですね。財務諸表って通信簿ですもんね。でっかく書いといて。「数字で黙らせる」って。ほんとそれあると思います、ある意味、感謝ですからね。

会社の質は売上規模ではなく「安定性と継続性」。

[中許] いま、社員さんが20人くらいですね。 会社って10億30億50億の壁があると言われていますが、創業社長で売上が10億。ここから、今までとは異なるレイヤーの「組織」になるので、そこの壁をどうやってブレイクスルーするか…。今後はどうお考えですか? 

[瀧田] 確かにそうなんです。今10億という壁を突破できたんで、やっぱり20億って言う景色は見たいなって思っています。売上20億で、NBを7割、OEMを3割くらいにしたいんですよね。

[中許] ただマクロ的に言うと、化粧品ってもう飽和状態じゃないですか。それで今、高齢化が進み、ある意味で国内の女性人口は増えない、逆にプレイヤーは増えてくると、市場的には、おいしくないと思うんですよ。それについてはどうお考えでしょう? 

[瀧田] だから僕は、その先はあんまり規模を大きくしたくないなと…。

[中許] そうなんですか!? 

[瀧田] 100億いった時の会社の基盤があると、それが50億になってしまうと多分、会社って一気にガタがくるし、だから僕はもう今、今の人数プラス5~6人で20億いって、これをキープ。キープっていうのが一番難しいと思うんですけど、そこから少しずつ積み上げて行く、くらいで考えています。

[中許] 規模は追わないんですか? 

[瀧田] 化粧品業界は増えない椅子の取り合い。でも座りたい人はまだまだいる。だったら、今やってるところは20億ゴールにして、また別の、訪販とか、今ウチが取り組んでいない化粧品の売り場っていっぱいあるんで、そこでちょっとずつ基盤を作っていった方が、会社が安定するかなと思っています。

[中許] なるほど。一方で僕ら男性だとなかなか化粧品の細かいセンシティブな部分、日々の流行りやトレンド動向は解らないというか…。その辺りは、誰かに任せているんですか?

[瀧田] 購買データから分析しています。データ分析は今のBtoBやOEMの化粧品業界で非常に弱いポイントだと思っています。データ分析ができていない、SEOも知らない、そういうおじいちゃんがやってるような会社がまだ沢山ある。だから僕みたいな若いネットショップ上がりの人間が活躍できるスペースがあるんです。

[中許] なるほど、データで見ていますね…。

[瀧田] 店舗ごとにPOSデータが買えるんですよ、売上なんぼとか、ドンキさんやったらこの商品、月何個売れてるとか…。全部データで出てるんです。他社さんのも。それを見てたら、なんぼでも…。

[中許] ID-POSと楽天のデータ分析をご自分でやってるんですか? 

[瀧田] 我流ですが、やってます。最初は、パソコンすら触ったことすらなかった。だからHTMLとかもわかる訳ないじゃないですか。でも僕、HTMLのタグとかも全部グーグルで調べて今ではできるようになりました。実はこう見えてテーブルとかも全然、組めるんですよ。

[中許] 何かこう、形式張った勉強をせずに、いろんなことをサバイバルで身につけたって感じですよね、実戦で。そういう社長って強いと思う。逆に本読んで、それを鵜呑みにして社員に伝えても伝わらないから。

[瀧田] まわりの人にもよく言われますね、嗅覚タイプって。もうほんと直感です。

ピコモンテ・ジャパン_瀧田氏

ビジネスの原動力は「社員貢献」。

[中許] ところで企業理念とかって、どうやって浸透させていますか?例えば朝礼で唱和するとか。

[瀧田] 実はやりたいんですけど、今はまだ、やっていないですね。それすると、強制感がでるので、どうしようか悩んでいます。

[中許] 創業社長って、存在自体が企業理念みたいなものですからね。言ってることが経営理念。それで会社がだんだん大きくなると、少しずつ社長の目の届かない所が出てくる。そうなってくると朝礼とかで、社員へ理念浸透を図るわけです。

[瀧田] なるほど、確かにそうですね。ウチの会社は、そんなこともこれから考えていかないといけませんね。

[中許] 最後に、個人的にこれは聞きたい。社長にとっての「ビジネスエンジン」、原動力は何ですか? これだけのバイタリティを持って、何のために事業をされていますか? 

[瀧田] 企業理念の3番目にあるんですけど、やっぱり社会貢献っていうのがありますね。そして僕の中では、その中でも一番が社員なんですよ。いわば社員貢献。実はこう見えて、結構、社員のこと好きなんです。辞めさせたくないとか、給料ちょっとでも多く払ってあげたいとか。だから僕はこう、社長じゃなくて親方みたいな感じなんですね。かつてはもう営業マンも僕しかいないような状態で、今ちょっとずつ社員も増やしてきたからなんですかね。とりあえず、みんなの給料をちゃんと払わないとアカン、ボーナスもちょっとでも多く渡したいってなったら、まず自分が売上を作らないといけないと常に思ってしまう。だから、いつもこうアンテナ張り続けて、営業行って、売上作ってくるっていうのが染み付いています。

[中許] なるほど、ホント創業社長ですね。だから、月並みな言い方になりますけど「従業員の幸せのために働いている」と言うことですね。勉強になります。本日は、いろいろお聞かせいただきありがとうございました。

ピコモンテ・ジャパン_瀧田氏

&magazinとは?

事業の変革を通じて、様々な危機を乗り越え、時代の牽引者となった、企業家・経営者様に焦点を当てたプロフェッショナル同士の対談記事です。
過酷な経営者業を生き抜くための、事業変革やリブランディングのヒントになれば幸いです。

共創型プロジェクトデザイン

関連ソリューション