2025.12.16
なぜ、かつてあれほど熱狂を生み、多くのファンを創出してきたブランドが、時と共にその輝きを失うのでしょうか?
時代は常に変化し、人々の価値観や感覚も進化し続けます。その中で、“守り”に入り「変わらないこと」を選択すると、かつてファンを惹きつけた熱量は薄れ、ブランドの求心力は確実に下降していきます。ブランドとは、顧客との関係性によって成り立つ「生き物」です。日々呼吸し、成長し続ける存在でなければ、愛され続けることはできません。市場での安泰はあり得ない。この厳しい現実を直視したとき、ブランドに必要なものは何でしょうか。それは、小手先の延命措置(リニューアル)ではなく、自らを鼓舞し、変革を恐れない「体質」そのものです。
安心し切った場所から一歩踏み出し、常に自らの原点を見つめ直し、コアにある価値を澱みなくファンへ届ける。この姿勢こそが、愛され続けるブランドの必須条件だと私は考えます。
本コラムでは、原点回帰(リブランディング)を「守り」ではなく、事業勃興への「攻め」の戦略として捉え、その核心にある「熱量」の重要性について、世の中の事例と実体験をもとに考察していきます。
※本コラムはYRK&コンサルタントによる独自視点の論考です
近年、英国の自動車メーカー「ジャガー」は、EV化の波や「高級EVブランド」という業界の枠組みの中で、かつての輝きをゆっくりと失いかけていました。販売台数の減少、従来車種の撤退、そして市場変化に対する反応の鈍さ。それらは、ブランドが“守り”に入っていた証とも言えます。実際、その数字は衝撃的です。2018年度に18万台以上あったジャガーのグローバル販売台数は、2024年度には2万6,862台と、約85%もの大幅減となりました。
まさに「崖っぷち」です。
そこで彼らは大きな転換期を迎えます。2024年、彼らは改革的なリブランディングを行い、そこには創業者サー・ウィリアム・ライオンズが遺した言葉が中核に据えられていました。


まさに原点回帰といえるこのリブランディングは、創業者の精神を現代に再起動するため、「COPY NOTHING」というスローガンを掲げました。これは、「他社の模倣の中で安心を得る」時代は終わり、「我々こそが唯一無二の存在である」という態度を再び取り戻すという、強烈な宣言です。
しかし、このジャガーによるリブランディングは「炎上」状態となるほどの激しい世論の反発を招きました。特に、車が全く登場しない「意識高い系」とも捉えられてしまうヴィジュアル広告は、「ブランドの本質を見失っている」との批判を呼び起こし、テスラのイーロン・マスク氏を含む多くの人々がネット上で嘲笑する事態となりました。マスク氏は「Do you sell cars?(クルマ売ってるの?)」と揶揄し、イギリスの政治家であるナイジェル・ファラージ氏も「ジャガーマンの伝統が失われた」との声を上げたようです。
そんな中、ジャガーのマネージングディレクターであるロードン・グローバー氏は「この反響の大きさは、ジャガーというブランドがいかに多くの人々に関心を持たれているかを物語っている。私たちは意図的に議論を呼ぶブランド刷新を行った」と強調したそうです。

また、彼らの動きには、興味深い「逆説」が表れています。企業グループであるJLR(Jaguar Land Rover Automotive plc)は、2024/25会計年度に売上高£29 billion(約4.3兆円)を記録し過去10年で最高水準の高い利益率を達成しました。その一方で、2025年第1四半期の販売台数は87,286台と、前年同期比で10.7%減少しています。すなわち「最高水準の利益」と「販売台数の減少」という矛盾現象が起きていたのです。
この矛盾は、JLRグループ(ジャガー・ランドローバー)が意図的に「古いジャガー」を捨てる戦略を選んでいることが示唆されているのでは?と考えています。
つまり、この「最高水準の利益」は、ジャガーブランドの販売台数を大幅に犠牲にして(=古いものと決別して)でも、BEV(バッテリー式電気自動車)など「新たな価値創出」へと舵を切るという、非常にリスクの高い「崖っぷちの挑戦」を財務的に支える「体力」がJLRにはあることを物語っているのではないでしょうか。
彼らの「原点回帰」とは、ロゴを昔に戻すことではありません。「Grace, Space, Pace(優雅さ・快適さ・スピード)」という創業理念を、現代のラグジュアリー市場でいかに再定義するか。そして「COPY NOTHING」が象徴するように、流行の追随ではなく、我々自身が新たな基準になるという「態度」を前提にしていると考えられます。


ジャガーの挑戦が示すように、原点回帰には「らしさ」への揺るぎない信念が必要です。そして、その信念を体現する「熱量ある人たち」の存在が不可欠です。
ジャガーの内部からも「ジャガーはもっとエモーショナルであるべきだ」「デザインの完璧さより、魂の通った表現が大事だ」といった声が現れ始めているといいます。これは、改めて「ブランドを自分事にして動けるメンバー」が芽吹いている証拠です。
私は、まさにこのような“静かに沸点を超える瞬間”を、ある国内の飲料ブランドのリブランディングプロジェクトの現場でも目撃しています。
華々しい市場デビューから年月が経ち、かつての熱量が少しずつ薄れ、ブランドの求心力が低下しつつある状況。私たちがまず目指したのは、小手先のデザイン変更ではなく、「社内の原点再確認」でした。
コアメンバーが集い、議論し、笑い、悩み、時に熱くぶつかり合う。このプロセスで生まれるのは、戦略や施策のロジックだけではありません。ブランドを本気で愛する社員たちの「熱量」そのものです。ここでの原点回帰議論は、決して懐古的なものではありません。「あの頃は良かった」ではなく、「あの精神を、今の時代にどう生かすか」が軸となります。
社員一人ひとりが、ブランドの理念を“他人事”の「べき論」ではなく、“自分事”として体感し、自分の言葉や行動で表現できる状態。これこそが、ブランド再起の本質です。時に、既存の常識を覆すようなアイデアや、社内で賛否を呼ぶような提案も生まれます。しかし、それこそが、ブランドが前進しようとしている証拠なのです。
社員の熱量が市場やファンへ伝播し、次の物語が生まれていく。今まさに、この現場でも信じる価値を再構築するプロセスが力強く動き出しています。

リブランディングとは、単なるロゴやパッケージの刷新ではありません。それは、企業やプロダクトの「価値」を再定義し、再構築する営みです。時代や市場の変化、生活者の価値観の移ろいに応じて、ブランドが提供する本質的価値を見直すこと。それは、一過性の売上やトレンドの追随ではなく、持続的な事業成長を描くための必須条件です。しかし、ここで最も重要なのは、デザインや広告といった「アウトプット」だけに目を奪われないことです。
ブランドを届ける側である社員自身が、自分たちの価値や物語を再認識し、自信と誇りを持って向き合うこと。その「プロセス」こそが、真の核心です。
ジャガーの「COPY NOTHING」というアウトプット(スローガン)が力を持てるとすれば、それは開発、デザイン、広報といった現場レベルで「我々がやるんだ」という熱量が伴っているからです。
飲料ブランドの例で言えば、リブランディングの成否は、新しいパッケージデザインの良し悪しだけで決まるのではありません。そのアウトプットに至るまでに、どれだけ社員が「自分事」として自らの言葉でブランドの原点を語ることができ、熱量を高められたか。そのプロセスこそが命なのです。
アウトプット以上に、プロセスに全身全霊で熱量を注ぐ。 そこで紡がれる唯一無二の物語が、ファンとの関係をより深く、強固なものにします。


変化し続ける未来において、事業を再構築し、ブランドを愛され続ける存在にするために。ジャガーの事例、そして我々が対峙する現場から見えてくるヒントは、2つのポイントに集約されます。
原点に立ち返ることは、決して「守り」ではありません。それは、「我々が最初に創る、唯一無二の価値を再び放つ」という「攻め」の覚悟を再確認する行為です。ジャガーの挑戦が示すように、本気の変革には必ず「既存の価値観を裏切った」「何をしたいのか分からない」といった批判や賛否両論が生まれます。しかし、それこそが、ブランドが本気で生き返ろうとしている証拠です。
理念や価値を再確認しただけでは意味がありません。社員一人ひとりがそれを「自分事」として体感し、言葉と行動で表現できる状態こそ、ブランド再起の原動力です。この「熱量」は、単なる精神論ではありません。市場やファンとの感動の循環を生み出す、最も具体的で強力なエネルギーです。
最後に、今まさに変革の岐路に立つ経営者、事業責任者の皆様へ。
原点回帰は、守りではなく攻めです。 そこで起きる賛否両論は、覚悟の証です。 そして、ブランドを蘇らせるのは、戦略を動かす社員一人ひとりの「熱量」に他なりません。
変化は怖いものではなく、チャンスそのものです。この“生き物のように動くブランド世界”にリーダーシップを持って関わり、汗をかき、熱量を注ぐ。その体験こそが、ブランドを再び生き生きと蘇らせる、最も確かな道であると私は信じています。
ご縁あってお会いできる方とは、その瞬間に、最高の物語を共に綴っていけることを楽しみにしています。
※本コラムはYRK&コンサルタントによる独自視点の論考です
