#持続可能なビジネスへのシフトが鍵


高まる生活者の“節約志向”

オリンピックの延期も決まり、コロナウイルス感染の更なる拡大も相まって、グローバル規模での経済停滞が長期化する様相から、世界各国で不安が募ります。そうした中、多くの企業でコロナショックによる業績の落ち込みを短期間で回復させるべく、様々な施策を考えておられると思いますが、それとは裏腹に生活者の財布の紐はますます堅くなるという予測もあります。コロナが家計に与えた影響の大きさだけではなく、またいつ直面するかわからないというコロナと隣り合わせの不安から、消費心理として節約志向が高まり、「買い物に失敗したくない」という思いが強くなるのではないかと考えられます。こうした生活者に対して、「これを選べば失敗しない」という安心感をいかに醸成できるかが勝負の分かれ目になるはずです。

人並み

“安心感”で選ばれている製品は「機能価値」が明確

コロナショックより前から、生活者の「買い物に失敗したくない」心理をうまくとらえた商品はあります。その成功のシナリオには、機能価値の可視化という手法が潜んでいます。その代表格が、シャープの「プラズマクラスター※1」です。空気中の菌やウイルス、アレル物質を除去するということで、この技術が搭載された空気清浄機を購入された方も多いと思います。まさにこの技術がもたらす機能価値は、商品を購入する際の安心保証としてはたらいているといえます。実際に、“シャープの空気清浄機”という以上に、“プラズマクラスターの空気清浄機”として多くの生活者から支持を集めました。また、それは空気清浄機に留まらず、エアコン、扇風機、ドライヤー、洗濯機など、同社の様々な家電製品にも応用され、各商品の差別優位性となっています。

ユニクロの「ヒートテック※2」も同様です。冬場に欠かせない存在となった、“体から発する汗や水蒸気を熱エネルギーへと変換する”この独自の素材を用いたインナーもまた、機能価値で生活者に選ばれている商品です。これもまた、肌着に留まらず様々なウエアへと展開されて、いずれも生活者からの信頼を勝ち得ています。

価格競争に陥りがちな消費財であるヨーグルトにおいても、このような手法での成功事例はあります。キリンの「プラズマ乳酸菌※3」は、免疫細胞全体の活性化に役立つ機能価値で、他社との差別優位性を図っています。「プラズマ乳酸菌」を配合する商品は、ヨーグルトから清涼飲料水まで展開が拡がり、その全てに金色の楕円型のマークを付けて、ひと目で“それだ”と分かるようにしています。世の中に数多ある乳製品の中で、他社との差別化に成功し、生活者に選ばれている好例と言えるでしょう。

これらの事例からもわかるように、生活者は可視化された機能価値を見て、その商品でしか得られない安心感を感じ、それが後押しとなって購入を決めます。こうした商品は、広告やキャンペーンによるその場の損得判断で購入されているのではなく、この機能がついているものは安心だと感じて購入しているため、リピートや愛用につながりやすいと考えられます。「寒くなったらヒートテック」という人などはまさに、この論理で愛用しているのです。

※1「プラズマクラスター」はシャープ株式会社の登録商標です。
※2「ヒートテック」は株式会社ファーストリテイリングの登録商標です。
※3「プラズマ乳酸菌」はキリンホールディングス株式会社の登録商標です。

服売場

まずは眠っている価値の棚卸しから

機能価値の可視化というと、新たな技術や素材の開発や明確に差別化された商品を作ることが必要だと思いますが、それでは時間がかかりすぎてしまうという問題があります。また、差別化だけを狙うとどうしても生活者視点が損なわれ、結果的に生活者から見た際に微差で終わってしまいがちです。コモディティ化が進む市場の中で他社との差別化に邁進することで、盲目になっていた自社製品の価値を改めて棚卸ししてみると、生活者が本当に必要としている価値が何なのか見えてくるはず。つまり社内に価値の原石が眠っているということです。普段、モノづくりをする側の視点だけで、あるいはモノを売る側の視点だけで考えていると見つけ出すことは難しいでしょうが、両方の視点を織り交ぜたり、第三者を含めた棚卸しを行うと、きっと新たな発見があるはずです。

次に、発見した機能価値をどのように伝えるのかです。先ほどの事例からもわかるように、機能価値の可視化を行うことで、店頭ツールやタグなどを通じて、生活者を直観的に商品と結びつけるトリガーになります。情報の99%以上がスルーされると言われている時代において、この直観的なトリガーはダイレクトに生活者の心に刺さり、非常に有効に作用します。
最後に、この戦略の重要なポイントといえるのが、機能をブランディングしているという点です。これらの事例の共通項を洗い出すと、

■似たような機能の商品は他にも存在している
■カテゴリーの異なる商品を横断したものである

という点です。一つ目の点を掘り下げてみると、“機能の差”ではなく“機能感の差”が重要だということが見えてきます。同じような機能価値があったとしても、「こっちのほうが良さそう」「これのほうが効きそう」などの良い印象を感じられるのは、その機能価値をきちんとブランドとして捉え、一貫性をもったストーリーで理解されているからに他なりません。現に、プラズマクラスターにもヒートテックにも、専門知識のない生活者から見たら同じように感じる機能と、似たネーミングは存在していますが、それらの機能価値はブランドとして捉えられていないため、生活者の目に留まらず、その商品の一機能として埋もれてしまっているといえます。

二つ目の点は商品以上に機能感にファンがついているという点です。一般的な商品ブランドにファンが存在するのと同様に、ブランド化された機能にもファンは生まれます。こうしたファンが増えてくると、カテゴリーの異なる商品一つ一つに広告・プロモーションを注力する必要がなく、この機能ブランドに対するファンづくりにウエイトを置いた展開で効率的にセールスを図ることが可能になります。まさに売り上げの拡大とコストの効率化の両方を実現する魔法の戦略といえます。

家電売場

危機を経た生活者の意識変化を捉える目が重要

今回のコロナショックにより、企業においては危機管理の在り方や働き方の変革が飛躍的に進むきっかけともなりました。同じく、生活者にとっても、普段の意識や行動を変えるきっかけになると考えられます。これまでも、リーマンショックや東日本大震災といった危機をきっかけに、生活者の意識は大きく変化しました。リーマンショック後は、節約志向が高まり、所有から利用へのシフトが加速し、また震災後は、つながりが重視され、社会貢献意識が一気に高まりました。同様に、コロナという危機の経験を経て、常にこうしたリスクと向き合う前提の社会となり、生活者の意識はきっとコロナショック以前と大きく異なるものになると考えられます。予測不能な現代であるからこそ、不測の事態に対応できる持続可能なビジネスへの取り組みが非常に重要になってきます。

企業は業績の短期回復が求められる中、コロナが明けるのを待つのではなく、リスクと向き合うという思考で、生活者の意識変化への柔軟なキャッチアップが求められます。そんな時だからこそ、今一度自社に眠る価値の棚卸しを行い、原点に立ち戻り、冷静な目でブランドと生活者の関係を見つめ直す機会が必要なのかもしれません。

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株式会社 YRK and
ブランドクリエイティブユニット 東阪統括
シニアブランディングストラテジスト
木村 昌紘 Kimura  Masahiro
Writer

株式会社 YRK and
ブランドクリエイティブユニット 東阪統括
シニアブランディングストラテジスト
木村 昌紘 Kimura Masahiro

2017年 株式会社 YRK and入社。プランニングセクションのストラテジックプランナー。ワークショップやブレインキャンプを活用し、企業の本質的な問題点を抽出することから明確な戦略コンセプトを立案し、クライアントを目的に導く。また、クリエイティブディレクション経験も持ち合わせ、右脳的な感性と左脳的な論理をマッチングさせた新しいコミュニケーションを創造する。