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&magazine #09

20年で65%もダウンした低迷市場に対し、
付加価値戦略でファン獲得に成功した「SWANS」ブランディングに迫る。

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山本光学株式会社は、産業安全用保護具・スポーツ用各種サングラス・スイミングゴーグルの製造販売を行うアイウェアメーカーです。今回の対談では、時代の変化に合わせ、人々の生活の中にあるヒントをもとに、変革し続けてきた山本光学が歩んできたウィンタースポーツ市場における歴史と、これからの未来に向けて取り組むサステナビリティビジネスについて、同社代表取締役社長の山本直之様からお話をお伺いいたしました。

“ひとの視界”を守り続ける「快適創造企業」から生まれたブランド「SWANS」

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こんにちは。今回は御社のウィンタースポーツ用ゴーグルブランド「SWANS」のサクセスストーリーをお聞かせいただくことを非常に楽しみにしておりました。本日は何卒、よろしくお願いします。

こちらこそ、よろしくお願いいたします。

「SWANS」は、ウィンタースポーツ市場の拡大と共に事業成長するも、バブル崩壊やレジャー多様化の影響でスキー人口が激減していく中、非常にご苦労があったとお聞きしました。しかしその逆境にも関わらず、いまでは低迷期比較で利益率を1.5倍にされているとのことで、是非その経営戦略についてお伺いしたいと考えています。それでは御社の歴史から教えていただけますか?

はい。山本光学は1911年に曽祖父が創業し、今年で創業111周年を迎えました。眼鏡のレンズを磨く職人として商売を始め、そこから眼鏡屋として独立、レンズだけではなくゴーグル全般の製造も手掛けるようになりました。戦中はパイロット用ゴーグル等を製造し、戦後は産業用の防塵ゴーグルやオートバイ用のゴーグルを販売していたようです。そこから70年代の高度経済成長の真っ只中、「レジャー産業」が国内で注目され、「スキー」の流行と共に我々は「スノーゴーグル」の領域へと進出しました。

なるほど、時流に合わせて「眼を護る」ということを形を変えながらやってきたということですね。これからも変革は続くのでしょうか?

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そうですね。山本光学は「快適創造企業」という企業理念を掲げており、その理念のもと、変革は続けるつもりです。「快適性」というのは人間の五感に関わる部分なので、数値では測れません。人間は情報の約8割を目から得ると言われていて、人の「快適性」を創造するには、まず眼を護り視界を確保するということが一番大事なのではないかと考えています。

例えば「眼鏡が産業現場で曇る」という課題を解決するために防塵マスクを販売しています。そもそもメガネが曇る原因は、サイズの合わないマスクをすることにより、隙間から息が漏れるからです。そこで眼鏡を曇らせないため、空気がモレない防塵マスクを開発したんです。これが結果として、視界を確保することにつながっているんですよね。だから私たちは、「眼鏡を作りたい」ということではなくて、目的は「快適創造」をするために必要な「視界を確保するため」なのです。

なるほど。メガネを作ったり、マスクを作ることはあくまでも目的を達成するための手段ということですか。モノづくりに「快適創造企業」という理念が根付いていますね。ではここからは「SWANS」ブランドの誕生について教えていただきたいのですが、スノーゴーグルに白鳥であるスワンの名が付いているのにはどんな意味があるんでしょう?

その答えをお伝えするには、まず「SWANS」になる前、山本光学のゴーグルの生い立ちからお話ししますね。戦争直後、食糧難が問題とされていて、生きるために川へ潜って魚を捕ることは日常茶飯事。せっかく川へ潜るのなら、より多くの食糧(魚)が獲れた方が良い。それじゃあ、川の中がよりクリアに見える水中ゴーグルがあれば、国民にとってより快適な生活が送れるのではないか?という視点から、戦中空襲から守り抜いた資材を使って、まず水中ゴーグルを発売したんです。

なるほど、水中ゴーグルのスタートは、競技水泳からではなかったのですね・・・。初めて知りました。まさに当時の日本国民にとっての「快適創造企業」じゃないですか。素晴らしい開発秘話です。

ありがとうございます。当時、先々代の時代に、水中ゴーグルを販売する時の新聞広告として『スワン印の水中メガネ』というコピーを打ち出しました。このようなコピーになった背景は、戦前神戸港が貿易の拠点となっていたのですが、港で高品質の商品のコンテナに「白鳥のマーク」が付いていたらしいのです。そこで、「我々もいつか、質の高い商品を世界へ輸出できるようになりたい」という想いから、戦後の水中ゴーグル発売のタイミングで「スワン印」という言葉を使うようになりました。この延長で、スキー用ゴーグルを売り出す時にも「スワン」という名前を付けようと、先々代は考えたみたいです。

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当時は「象」や「虎」といった動物をブランド名に付ける企業も存在していましたね。

そうですね。やはり動物は分かりやすいんじゃないでしょうか?「世界へ進出したい」という希望をもつ企業は多かったでしょうから、「世界共通の認識」を抱いてもらうための「動物」がトレンドになっていたんだと思います。

山本光学さんの場合は、人々の生活の快適性を創造するために、より質の高い商品を世界へ羽ばたかせることを企業ビジョンとして、スワン(白鳥)を起用したといった所ですね。

スキー人口の増加&バブル期と共に成長するウィンタースポーツアクセサリー

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では、SWANSブランドがウィンタースポーツに参入されたときのことを教えてください。

初めて市場展開をしたのは、1972年。同年に開催された札幌オリンピックを機にブランドPRを行いました。ちょうどこの時期から「レジャー」という言葉が流行りだし、冬季オリンピックを機にスキーブームが加熱していく時代です。

当時このマーケットは急成長していましたもんね。実際どの様なブランド戦略を取られていたんですか?

世界中からバイヤーが集まる欧州最大級の「ISPO(イスポ)」というスポーツ見本市があり、そこで「SWANS」として初出展しました。商品を世界の見本市に出すことで、世界トップレベルと戦えるブランドであることを見せつけ、そのブランドイメージを作った上で日本に凱旋させるという戦略です。当時、「曇らないゴーグル」っていう機能性が差別優位ポイントだったこともあり、この戦略が功を奏しました。

このあたり、アパレルのブランド戦略と似ていますね。パリコレなどのランウェイでデビューさせて、世界に通用するブランドイメージを創る、みたいな。「コム・デ・ギャルソン」もその一つだったかと。

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確かに言われるとアパレルの戦略と似ていたのかもしれません。当時は日本のブランドっていうことをあえて隠して、海外のブランド風にやっていました。だからいまだに「“SWANS”って日本のブランドなんですか?」っておっしゃる方が結構年配の方なんかでも多いですね。その結果、アメリカやノルウェーといった海外ナショナルチームとの契約が取れたりして、マーケティング的にも成功しました。これがきっかけで、ゴーグル、ヘルメット、スキーポール、ストック、手袋・・・と、ウィンタースポーツの商品ラインナップを増やしていくことになったんです。

素晴らしい戦略ですね。しかし、そんなに商品展開されていたということは、スキーアクセサリーメーカーに業態シフトしようとされていたんですか?

はい。もうスキー市場が急拡大した時代だったので、できる限りスキーに関する事業を展開しようと。この頃から春スキー用のサングラスも出しました。サングラス事業の基盤は、この辺りから固まってきています。

まさに事業変革ですね。この頃の「SWANS」の売上は、会社全体の何割くらいを占めていたんでしょうか?

当時は、会社売上の8割〜9割程度が「SWANS」でした。その当時は、BtoCだけでなくBtoBの取引もありましたし、みんな冗談で「ひと雪一億」って言ってましたね。

ひと雪一億・・・もう天気予報にワクワクしてしょうがないですね。

いや、本当にそうなんです。だから、当時の営業の仕事は「商品を確保すること」が仕事だったんです。もう売れることが前提でしたので。売りに行くんじゃなくて、自分の得意先(流通様)の分を確保して出荷するっていうのが営業の仕事になっていました。

「確保」が営業の仕事ってすごいですね、今では考えられないです。作れば売れる、まさに高度経済成長って感じですね。

はい。しかし、そんな良い時代は続かなくて・・・。1991年のバブル崩壊でスキー人口は一気に減少していくんですが、97年にはスノーボードブームが加熱して少し市場は回復します。

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スノーボードブームに合わせた商品開発はどんなことを?

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スノーボードの流行に対応するには「SWANS」ではスキー色が強過ぎて、ユーザーに受け入れられない。ということで「DICE」というスノーボードゴーグルの新ブランドを立ち上げました。契約選手も取れて、これが今でもウィンタースポーツ市場で生き残ることができた大きなターニングポイントですね。

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マーケットの動向、ユーザーニーズやインサイトをしっかり捉えたブランド戦略ですね。P&G社の「アリエール」や「ボールド」といったブランド展開と同様に、ターゲットの嗜好やニーズにフィットするブランドを開発する「マルチブランド戦略」を取られたのだと思います。しかし、そのような戦略を取ったとしても、この向かい風は厳しかったでしょうね。なんせ市場人口が全盛期の1/3にまで減少するマーケットですから・・・。

逆境をバネに経営転換をおこない、「高付加価値戦略」へ

景気悪化だけでなく、地球温暖化の影響で降雪エリアが減ってスキー場が廃業していくんです。だから加速度的にスキー・スノーボード人口が減っていく。でも出荷量はすぐには変えられないんです。そうなると、供給過剰が起こります。でも買う人は減っているので売れ残ります。で、安売りする→また次作る→広告で露出する→売れない、という悪循環に業界全体が向かっていった感じですね。

まさに負のスパイラルですね。この窮地に山本社長はどんな経営戦略を立てられたのでしょうか?

「SWANS」は会社の顔なんで、減産させるのは難しかったんですが、供給過剰を止めないと業績が危うくなるということで、ある時から2つの施策を打ち立てました。一つ目は「とにかく大きく供給を絞る」ということ。そして、2つ目が「どうすれば、上代を上げられるか?」を真剣に考えよう、ということでした。

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確かに、供給を絞ったらそれだけ業績が下がるわけだから、客単価を上げないといけない。つまりは「高性能化・高付加価値化」に舵を切ったということですね。そうするには商品に対して「機能的価値」と「情緒的価値」の2方向の価値を付与し、マーケティングの4Pとブランディングの戦略をバランスよく使い分ける必要があると思いますが、その辺りの戦略はどのように?

“ひとの視界”を守るというSWANSのブランドプロミスを体現化すべく、「曇り」を徹底的に解消する画期的な高性能ゴーグルとして「[ROV]O(ロヴォ)」を開発に2年かけて生み出しました。中許社長の仰る所の、まずは「機能的価値」を付与した形ですね。

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レンズと本体が脱着するんですね、これ。なるほど、ここから換気させるわけだ。この機構は特許を取られているんですか?

もちろん、「A-BLOW SYSTEM」という名称で特許を取っています。先程申し上げた、欧州のスポーツ見本市「ISPO」で2年連続でデザインアワードも受賞し世界的にも認められて、今では「SWANS」のウィンターブランドを牽引するシンボルになってくれています。価格も27,500円からで設定しており、薄利多売で売っていた当時と比べて1.5倍くらい上代を上げています。

ちなみに、生産量はピーク時からどれくらい減産されたんですか?

生産量は3分の1には減らしました。なのでピーク時から考えると「SWANS」のウィンターブランド全体の売上高は下がっていますが、高付加価値化は、事業のバリューチェーン全体を考えると経営体質の改善に十分寄与していると考えています。

高性能化という「機能的価値」を突き詰めた結果、高付加価値化に成功した好事例ですね。ブランド戦略の観点でも、独自技術を一つのファンクションと捉えるとブランドポジションが明確になり、差別優位性が担保できるので「高くても買ってもらえる」状態が作れるんです。すると沢山売る必要がなくなるから、販売・営業セクションのリソースが減らせる。その分、「商品開発」や「カスタマーサクセス(お客様相談)」といったプロダクト自体の品質を上げて顧客満足度を高めるセクションにリソースを集中させることができるので、どんどん愛されるブランドになる。つまりはスパイラルアップが期待できるということだと思うんです。

お客様の声を“正しく”聞くことで生まれる、「サステナブル志向」のプロダクト開発

仰る通り、愛されるブランドになるため、コア業務へのリソース集中はやっていて、試乗会や使用者の意見を聞くユーザー会などの現場にどんどん出向いています。そこに営業マンから企画からデザイナーから開発まで、みんな連れて行って実際にお客様の声を集めて、ゴーグルの評価を聞いてまた改善をして、を繰り返しています。当時、流通様やお客様は「安くしてほしい」「沢山欲しい」という声が強くて、それをストレートに聞いてそればかり対応していました。今思うとそれが一番ダメだったんです。やっぱりお客様の声を聞く以上のこと、お客様が潜在的に感じている課題を汲み取って、それを付加価値として開発、提案し続けなければいけない。これこそが、本来の正しい商品開発の在り方だと思います。

それがさっきお話にあった「商品を確保すること」が仕事だった営業マンが、今ではお客様とダイレクトに話してニーズを聞き出し、開発にフィードバックする存在になったわけですね。今後、御社もされているD2Cビジネスを加速させるためにも、お客様の声が聞けるというこの組織文化は大切だと思います。

ついついD2Cだと、ユーザーにダイレクトに売ってそこで利益を稼ぐってことが目的になりがちなんですが、そうじゃなくてそれはあくまで結果なんですよね。そこでお客様とコミュニケーションを取れるかどうかっていうのが一番大事だと思うんです。

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お客様とコミュニケーションを取られている中で、山本社長は今後「SWANS」をどんなブランドにしていきたいとお考えですか?

我々が今掲げているのは、とにかく長く使ってもらおうと。お客様の声の中に、メンテナンスの仕方についての問合せが多いんです。そもそもウィンタービジネスは積雪や気温など、地球環境に非常に左右されます。それには環境に配慮した材料の起用も勿論重要ですが、それよりも先にやれることは、一つの商品を長く愛用してもらえること。これが一番の環境配慮なんじゃないかと。そのために耐久性を上げたり、レンズ交換機能があったり、HPにお手入れ情報コンテンツを充実させたりしています。

なるほど。山本社長のサステナブルブランディングは、「長く使ってもらうこと」なんですね。とてもいいミッションですね。

丁寧に扱ってもらったらやっぱり長く使えるんですよ。そうすると、お客様も商品に愛着が湧いてきて、「SWANS」の愛用者も増えるんじゃないかと。

商売ベースだと買い替えサイクルが遅くなるっていうデメリットもあると思うんですが、短期的なビジネス目線ではないということですね。

昔はスノーゴーグルは毎年買い替えるものでした。勿論、我々メーカー側も毎年買い替えてほしいのでどんどん新商品を出していましたが、それはもうサステナブルじゃない。だから、一つの商品を末永く使ってもらえるスタンスに大きく変革させています。

山本光学さんにとってのサステナブルな姿勢ですね。

そういった意味でも「SWANS」はお客様が大切にしたい、と思われるブランドであり続けたいと思います。

長く使い続けるとそのプロダクトに愛着が湧き、そのブランドが好きになってゆく。お客様が大切に思えるブランドであり、サステナブルな思想を持ったブランド。「SWANS」が目指すビジョンがここに秘められていますね。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

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事業の変革を通じて、様々な危機を乗り越え、時代の牽引者となった、企業家・経営者様に焦点を当てたプロフェッショナル同士の対談記事です。
過酷な経営者業を生き抜くための、事業変革やリブランディングのヒントになれば幸いです。

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