遅く深く、静かに強く、 世界の未来をつくる“JTC“

2025.11.17

遅く深く、静かに強く、世界の未来をつくるJTCバナー



Index

「JTC」——Japanese Traditional Company。
この言葉を聞いて、どんな印象を持つでしょうか?
「変化を恐れる」「会議が長い」「稟議が遅い」「上が詰まっている」。確かに、現代のスピード経営の文脈では、こうした特徴は「古い」「非効率」として語られがちです。

しかし、本当にそうでしょうか?私たちはいつの間にか、「アメリカ型の成功」を唯一の正解だと信じ込んでいないでしょうか。Google、Apple、Amazon、Tesla。ユニコーン企業、指数関数的成長、破壊的イノベーション。それらは眩しく、刺激的で、まるで“成功の象徴”のように輝いています。けれども、“速く伸びる”ことと、“永く続く”ことは、まったく別の能力です。日本企業の強さは、スピードではなく、持続力にあります。これは「過去への執着」ではなく、「未来への戦略」なのだとも考えられないでしょうか。今日はそんな視点からコラムを綴りたいと思います。

アメリカ型資本主義の、
眩しさと影の濃さ

アメリカ経済は、革新とスピードの象徴です。新しい産業を生み、テクノロジーを進化させ、世界を変えてきました。その力は確かに尊敬に値します。

しかし、その裏には、深い影があります。ロバート・B・ライシュ(元米労働長官)は『Saving Capitalism』の中でこう指摘しています。“The economy is booming, but the people are breaking.”(経済は成長しているが、人々は壊れている)。急成長の裏で、格差は広がり、トップ1%が富の半分以上を占める。中間層は崩壊し、医療費や教育費の負担は限界を超え、社会の幸福度は下がり続けています。

ロバート・ライシュ

また、短期主義も深刻です。四半期決算に追われ、企業の評価軸は「今期の数字」に偏る。長期的な信頼や社会的価値よりも、株価とスピードが優先される。この結果、企業は常に“次の勝ち筋”を探し続け、人々は“永遠の消耗戦”に巻き込まれていくのです。経済のスピードは、人の心を置き去りにしました。そして、その反動として、「遅くても豊かな社会」への渇望が、今まさに世界で生まれているのも事実です。

日本の「遅さ」は、
弱点ではなく文化的な強さ

日本企業は“遅い”。それは、否定でも反省でもなく、構造的な特性です。稟議に時間がかかる。新規事業が動きにくい。合意形成に多くの人が関わる。しかし、その“遅さ”の中には、人間的な合理性が存在します。ケネス・アロー(ノーベル経済学賞受賞)は、「経済活動の基盤は“信頼”である」と語りました。“Trust is a lubricant of any economy.”(信頼はあらゆる経済を動かす潤滑油である。)

JTCの“遅さ”は、まさにその信頼を作るための時間です。誰もが意見を出し、誰もが納得してから動く。それは、非効率に見えて、最も効率的な「人の心のメカニズム」です。AIやデータが意思決定を代行しようとする時代において、「人の心に基づいた合意形成」は、むしろ希少な価値です。日本企業の“遅さ”は、合理のその先にある人間性の美徳なのかもしれません。

日本とアメリカの経済の違い

「安全な国」は、
「慎重な企業」から生まれる

国家と企業は、構造的にリンクしています。安全で安定した社会は、慎重な企業が支えている。OECDの統計を見ると、治安・社会的信頼・教育水準が高い国ほど、GDP成長率は緩やかです。スイス、ノルウェー、スウェーデン、そして日本がそれに該当する国々です。

一方、急成長を遂げる国ほど、社会格差や政治的リスクを抱えている。つまり、国家の安定と企業の慎重さは比例するのです。日本の“リスクを取らない文化”は、実は国を安定させる防衛本能でもある。安全保障の土台には、経済の穏やかさがある。この構造は、数字では測れない“社会的持続力”の証明です。

安全な国と慎重な企業

イノベーションとは
「壊す」ではなく、「磨く」ことである可能性

イノベーションと聞くと、多くの人は“破壊”を思い浮かべます。新しいテクノロジーが古い産業を壊す。新興企業が大企業を飲み込む。しかし、日本にはもう一つのアプローチがあります。それが「改善的イノベーション(Incremental Innovation)」です。

トヨタのカイゼン。新幹線の定時運行率99.9%。
ニコンのレンズ研磨技術、パナソニックの製造現場。
これらは“革命”ではなく“積み重ね”によって生まれた奇跡です。MIT Sloanの研究(2021)によると、世界の新しい価値の約65%は、破壊ではなく改善から生まれている。

つまり、「少しずつ、しかし確実に磨き上げる」ことが、最も再現性の高いイノベーションの形なのです。日本企業のDNAにある“地味な粘り強さ”こそ、世界が失いつつある「成熟の知恵」なのかもしれません。

改善から生まれる

京都とヨーロッパ、
文化と経営の交差点

京都を歩くと、不思議な時間が流れています。新しさと古さが溶け合い、伝統と革新が同居している。老舗の看板と最先端テクノロジー企業が、同じ通りに並ぶ。千年以上の歴史を持つ街が、今も息づいています。京都の企業、村田製作所、京セラ、オムロン、任天堂。これらは、単に“古い企業”ではありません。「時間」という経営資源を使いこなす企業です。

一方、ヨーロッパも同じ哲学を持っています。フェラーリ、ロレックス、エルメス、ルイ・ヴィトン。彼らの経営理念は「拡大」ではなく「永続」。共通点は、文化と商業が対立していないこと。文化は経営の源泉であり、商業は文化を支える装置。京都とヨーロッパは、「時間と誇りを価値化する街」です。日本企業は、この“文化的ブランド経営”において、世界の最先端に立つ可能性を持っています。

世界の100年以上企業ランキング

「JTCの課題」は、
年功序列ではなく代謝の止まり

もちろん、JTCにも課題はあります。最も深刻なのは、経営層の新陳代謝が止まっていることです。年功序列という制度は、もともと社会的に合理的な仕組みでした。社員を守り、家族的な文化を育み、長期雇用を支える。

しかし、変化のスピードが上がる今、「年上が上である」という構造が、組織の柔軟性を奪っています。伝統は守るものではなく、更新するものです。守り続けるためには、常に磨き続けなければならないのです。

JTCの可能性は
まだ尽きていない

いま、JTCには世界が羨む強みがいくつもあります。

  1. 信頼の蓄積
    顧客・取引先・地域社会との関係性を何十年もかけて築いてきた
  2. 品質への執念
    99%ではなく、99.999%を目指す職人気質
  3. 人を大切にする文化
    社員を「リソース」ではなく「家族」として扱う
  4. 持続可能な構造
    100年企業が世界最多。成長より存続を尊ぶ
  5. 社会との調和
    「勝つ」ではなく「共に栄える」

そして、その哲学は、京都やヨーロッパの文化経済圏と共鳴しています。「長く続く美学」こそ、これからの世界のスタンダードだとも言えるのではないでしょうか。

「速さ」より、「深さ」で勝つ

ヨーロッパのラグジュアリーブランドの経営者たちは口を揃えます。“We don’t grow, we deepen.”(私たちは拡大しない、深化する。)フェラーリの生産台数は年間1万台。しかし、時価総額はGMを上回る。これは、「規模の経済」ではなく「信頼の経済」の勝利です。

日本企業も、この思想に近い。「派手ではないが誠実」「速くないが確実」。まさに、JTCは静かな強者です。

世界の未来をつくるのは、
“遅い者たち”かもしれない

速く動くことは、ある意味簡単かもしれません。ですが、遅く進みながら、深く根を張ることこそが難しい。アメリカ経済と比べれば、確かに鈍化とも言えます。しかし、破壊より継続。効率より信頼。拡大より深化。そんな考え方もあって良いはずです。シリコンバレーのスピードではなく、京都の静けさ。「大きい」ではなく「永い」を価値とする社会。

日本的であることこそ、最大のブランド戦略である。と捉えられないか。世界が“速さ”に疲れたとき、「遅さの知恵」を持つ日本企業が、再び世界の羅針盤になる時がくるかもしれません。JTCは過去の象徴ではなく、未来の希望だと信じたいと思います。


BGM4_セミナーLPデザインTOP


株式会社YRK and
取締役 兼CBO
Branding Strategist
戸田 成人
Writer

株式会社YRK and
取締役 兼CBO
Branding Strategist
戸田 成人

2008年株式会社 YRK and(旧 株式会社ヤラカス舘)に入社。広告会社にて飲料、食品、通信、家電、アパレル、施設事業など、さまざまなメーカーや小売業種のマーケティング戦略と、クリエイティブ開発を担当した後、現在はYRK&にて事業コンサルティング責任者に従事。リブランディングに特化したブランディングストラテジストを担当。組織力を強化するインナーブランディングからアプローチし、企業におけるブランド強化を、外と内の両面から支援します。また新規事業立案などのイノベーション創出支援や教育支援。劣化した商品やサービスのリブランディング支援も行い、現場のオペレーション支援(BPR / BPO支援)までを一貫して実戦できることを強みとしています。2022年からはブランドマネージャー養成講座などのビジネススクールも運営。リブランディングのプロ人材育成のため、登壇、セミナー、コラム執筆などのあらゆる支援活動も行っています。