強い店をつくる脱安近便大戦略_深井コラムTOPバナー



市場では、「原価高騰」「生活者の変化」「競争の激化」など、流通小売業にとっては厳しい状況が続いています。しかし、このような厳しい世の中でもブランド力を発揮して「愛され続ける店」は必ずあり、リピート率を高めて売上を上げ続けている強い企業は数多く存在しています。
今回のコラムでは、強い店の特徴と、愛され続けている店が実践している「顧客体験価値向上」のための戦略について紐解きます。前編①と後編②の2回のコラムでお届けしてまいります。

Index

「青森県が消失する」ほどの人口減少インパクト

2022年総務省の人口推計によれば、2020年から2022年のコロナ禍の3年間で、日本の人口はなんと120万人減り、1億2497万人になりました。
これは、青森県(人口118万人 2024.1.1)がまるごと消失したのと同じインパクトです。
この先も日本の人口減少は加速していくと想像できます。

原価高騰による値上げインパクト

そこに追い打ちをかけているのが、原材料の上昇です。
値上げをしてもコスト高が止まらず追いつかないという状況が続いています。
小売業にとっては、度重なる値上げによる客離れリスクだけなく、1年に何度も定番商品の値上げがあるということは、プライスカードの打ち変えや印刷、取り付けといった各店舗の業務量が増える※1ことを意味しています。

この高騰の要因は、すべて社会問題コストです。ウクライナ戦争をきっかけにしたエネルギーコストの上昇、途上国での人件費の適正化、異常気象による農作物の不作、海水温上昇による不漁、それに新たな規制や認証なども、すべてコスト上昇要因です。
2024年1月31日の日経MJに、「食品の価格ピークアウト」という見出しが出ましたが、
長い目で見ると、社会のあらゆることが良い方向に向かわないと、コストが下がるとは考えにくいのです。

これらの構造的なインパクトへの対策となるヒントを、本コラムでは紐解いてまいります。
「超商圏発想」
「それしか・そこしか・そこだけミュージアム」
「固有名詞の地域密着」
「下意上達のしくみ」です

※1増える店内業務の省時間化・省手間化と、プライスカードの金額間違いや付け間違いを防げるのが売技ナビ®です。

超商圏発想 驚きと発見と刺激のある店づくり

人口減少時代の小売業には、「商圏」を超える発想が必要になります。今までの商圏の考え方は、店を中心にして、どこまでの時間・距離ならお客様は足を運んでくれるかという想定範囲を割り出すことでした。
大きな道路、橋や線路、坂など、店までの経路が心理的に分断されていないかや、競合店の集客力なども考慮して割り出した商圏に、どんな人、どんな世帯が住んでいるのかを明確にし、店づくり、売場づくりに活かしていこうというものです。
つまり、近くて・便利で行きやすい範囲、それが「従来の商圏」でした

深井コラム_これまでの商圏発想

深井さんコラム_超商圏発想

しかしこれからは、商圏内生活者が減っていくわけですから、商圏を超える店づくりが必要です。それは、「私好みの商品がある」、「他にはない商品がある」という店であり、「多少時間がかかっても、近くに他の店があっても、行きたい!」と思わせる店なのです。

その例が、食品や日用品の構成比が高いMEGAドン・キホーテです。
ドン・キホーテの、欲しいモノ・おもしろいモノを「迷路のような通路を探し・発見する店づくりと品揃え」の強みを活かし、さらに「ドン・キホーテ」らしいPB「ド情熱価格」がファンを引き付けています。

「ド情熱価格」という名の通り、低価格を強く訴えていますが、一方で商品の特長を訴求する長いコピーがそのまま商品名だったり、手作り風の手の込んだPOPやディスプレイで商品を訴求するなど、丁寧に商品の付加価値性をアピールしています。
足元商圏に多く住んでいる世帯を想定した最大公約数の店づくりではなく、商圏を超えて、場合によっては国境を越えて、MEGAドン・キホーテファンが来店する店に仕立てています。これが「超商圏店」です。

深井コラム_ドン・キホーテ

もう一つの例が、福岡県を中心に55店舗を展開するスーパーマーケット「ハローデイ」。
自らをスーパーマーケットではなく「アミューズメントフードホール」と名付けているように、各店ごとに趣向を凝らしたディスプレイや、文字がびっしりなのになぜか読んでしまうPOPが所狭しと取り付けられています。
そして「高いけどうまい!」「こだわり抜いた自信作!」「今夜は贅沢に!」といったPOPタイトルからもわかるように、高価格訴求・付加価値訴求なのです。
ハローデイは、お客さまの要望に応えて各店独自につくる総菜・弁当や、他店に比べて手間をかけて加工された生鮮品なども知られています。
朝から大笑いするユニークな朝礼が有名でしたが、それも店員自らが楽しんで、好きで、こだわって手間をかけることが、店のワクワク感を生み出し、商圏を越えて来店するファンづくりにつながっているのでしょう。

深井コラム_ハローデイ

「安・近・便・大」から「それしか・そこしか」「そこだけミュージアム」

一番しか覚えてもらえない

日本一高い山はすぐに思い浮かびますが、日本で二番目に高い山はどうでしょう?
世界一高い山も浮かびますが、二番目となるとやはり思い浮かびません。
それは、川でも、湖でも、ビルでも、タワーでも同じ。一番は覚えていますが、二番目となると記憶に残らないものです。
流通・小売業界の方とお会いして「店づくりで大事なことは何ですか?」とお聞きすると、「品揃えの豊富さ」「できるだけ低価格で提供すること」とお答えになる方が多いことに驚きます。
品揃えの豊富さ=量、低価格=安さ、とするならば、「一番」しか記憶に残らないのです。
「できるだけ」の努力なんて、お客様には印象に残りません。

「安・近・便・大」は「安・近・便・大」で抜かれる

「安・近・便・大」
小売の世界でもてはやされたキーワードです。
安くて、近くて、便利で、大きい店。これらはすべて数字で表わすことができます。
これらは他店と比較しやすいのです。どんな店なのか、他店とどこが違うのかが明確です。
ただし、比較しやすいポイントが見えるということは、他店にも差別化ポイントがまる見えだということです。つまり「安近便大」は、後発店に抜かれる弱みにもなるのです。

それに安さは、「一番安い」以外にインパクトがありません。
近さ・便利さも相対的なものです。誰かから近くて便利な店は、誰かからは遠くて不便ということになります。
大きい店も同じ。日本一とか東日本一とか、県内一とか、言い方はいろいろありますが、一番以外はインパクトがありません。
そもそも、日本一大きな店なんてインパクトはありますが、毎日買う食品や日用品がそんな店だったらかえって不便です。
だからか、今好調の小売業や店は、「安・近・便・大」とは真逆の「小さな店」。
それも「それしか、そこしか」「そこだけミュージアム」な店なのです。

「それしか、そこしか」「そこだけミュージアム」

宮城県仙台市から車で30分の温泉地にある80坪のスーパーマーケット「主婦の店・さいち」。このお店を全国的に有名にしたのは、手づくりの「おはぎ」と「お総菜」です。
徹底的に家庭の味にこだわったお総菜は、年商6億円のうち3億円を占めるほど
おはぎは平日で5000個、土・日は1日1万個も売れるといいます。
そのため、たった80坪の「さいち」には、全国のSMやCVSからの視察が600社以上もあったそうです。

小さいのに、大手SMやCVSの店づくりと一線を画して好調の流通企業は、まだまだあります。それが、成城石井※2と北野エース※3です。

深井コラム_成城石井

成城石井は、2014年からローソンの子会社になりましたが、売場も品揃えも一目見て成城石井だとわかるアイデンティティを持っています。
大きくても100坪程度の店は、SMとしては小さい方。それでも、ワイン、茶、チーズ、最近はスーパーフードなどの品揃えは、まさに「そこだけミュージアム」。
ふつうのスーパーでは見かけないような商品の数々に、見ているうちにワクワクしてきて、思わず買ってしまうお客様も多いはず。

もとは兵庫県尼崎市に本社を置くふつうのスーパーマーケットだった北野エースは、今では首都圏を中心にチェーン展開しているユニークな食品専門店です。100坪にも満たない店が多く、生鮮三品や総菜はほとんどありません。
ところが、レトルトカレーの品揃えは、店平均400アイテム。その他、調味料やスープなど、特定のカテゴリーに限ると、見たことのないような品揃えです。
そして「スタッフが選ぶ」「カレー大賞」「ドレッシング大賞」「めしとも大賞」と銘打った売場に並ぶ商品は、北野エースでしか見ることができない逸品ぞろい。
こうした品揃えに加えて、売場空間・陳列方法、すべてが北野エースらしさを醸し出していて、店に食品を買いに来たというよりも、食品のミュージアムショップに迷い込んだような非日常性を味わうことができます。
競争激しい食品スーパーと共存する北野エースの強さは、まさにこれです。
いつものスーパーで日常の食材を買った後、北野エースをのぞいて、ちょっと非日常的な買物を楽しむ。それも小さな空間なので、時間も手間もかからず見ているうちに欲しくなってしまう不思議な魅力。「ここでしか買えない」食品に出会う店なのです。

これらの店舗は、小さいことを強みにした店です。
「なんでも揃う近くて便利な店」ではなく、「それしかないけど、そこにしかない」「そこだけミュージアム」な独自の品揃えの店で、ここにファンがつくのです。

※2成城石井様、※3北野エース様はどちらも売技ナビユーザー企業です。
 北野エース様は、3月14日の「売技ナビ®フォーラム」にご登壇いただきます。

「よく行く店」と「好きな店」の違い

私たちが流通企業の依頼で「来店客調査」を行うとき、まず二つの質問をします。
1つめは、「よく行く店はどこですか?」
2つめは、「好きで行く店はどこですか?」

「よく行く店」のトップは、たいてい依頼企業の店です。
ところが、「好きで行く店」になると、まったく商圏内にない店が登場するのです。

そして、特に現在のスーパーマーケットやドラッグストアの課題は、この2つの質問の答えにあると考えています。来店されているお客様に「よく行く店」を聞けば、当然今来ている店を答えます。だからといって、今年も「よく行く店」1位に選ばれてよかった、と安心はできません。
「よく行く」店とは、まさに「安・近・便・大」な店です。
その店より「安近便大」な店ができれば、そのお客様はあっという間に心変わりするはずです。だからこそ、目指すべきは「よく行く店」ではなく、「好きな店」なのです。そして、この「好き」という感情には、「趣味性」や「嗜好性」、「楽しさ」や「ワクワク感」が必要です。
これが人口減少・高コスト化時代に強い店づくりのポイントなのです

深井さんコラム_超商圏発想

後編へ続く・・・

    「流通小売業のミライをつくる 人口減・原価高騰時代に強い店とは(後編)」

  • 脱・「画一化」「マニュアル化」の店頭
  • お店づくりのヒントは誰が持っている?
  • 「見せたくなる」「やりたくなる」お店づくりへ!
  • 地域の生活を取り入れる
  • 地域の固有名詞情報を活かす
  • 365日生活密着した店づくりは、「売場」から生まれる


株式会社YRK and
常務取締役 TOKYO代表
一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会 事務局長
深井 賢一
Writer

株式会社YRK and
常務取締役 TOKYO代表

一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会 事務局長
深井 賢一

一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会 事務局長。1989年 株式会社 YRK and入社。マーケティングプランナーとして、食品・日用品・医薬品などのマーケティングやプロモーション、流通小売業の業態開発・売場開発に携わる。現在はソーシャルプロダクツの適正な市場普及や、SDGsの本業化・ブランディング・コミュニケーション活用を企業に導入するためコンサルタントとして活躍。