「ブランドの持続可能性」シュリンク市場で生き残る、笹塚ボウルの成功事例

東京都渋谷区笹塚に位置する「笹塚ボウル」を皆さんはご存知でしょうか?
笹塚ボウルは創業50年を迎えた老舗のボウリング場であり、その存在は多くのメディアに取り上げられ、音楽業界でも人気と注目を浴びており、最近では「水曜日のカンパネラ」のPV現場でも使用されました。

一見、他のボウリング場と何ら変わらないこの施設が、なぜこれほどまでに注目を集め、そして縮小するボウリング市場の中で生き残り続けることができているのでしょうか?
本コラムでは、その答えを探るべく、笹塚ボウルが持続可能なブランドへと生まれ変わるまでの道のり、そしてその背景にあるブランド戦略について考察いたします。

Index

  1. ボウリング市場の変遷
  2. 笹塚ボウル再生の第一歩
  3. 笹塚ボウル再生の秘訣
  4. カルチャーを創ることこそが、真のブランディング

ボウリング市場の変遷

1970年代に一気にブームとなり、全国で4,000箇所近くあったボウリング場。ブーム衰退やオイルショック等が重なり80年代には1,000箇所を割り込むも、スコアのコンピュータ化や郊外型ショッピングセンターの集客装置としての役割で一時的に回復しましたが、1998年をピークに再び減少し、今では約400箇所まで縮小しています。
ボウリングのプレイヤー人口自体が国内でシュリンクする中、「ボウリングができる場所」という単一的なファクトだけではもはや生き残れない状況となっているのです。
こうした状況下でボウリング場自体を活性化させ、事業変革を遂げるためには、「ボウリング場」に新たな付加価値を与え、ボウラー以外の顧客を集客・収益化する仕組みを導入しなければなりません。

そんな事業変革を成功させ、地域から愛される存在となっているのが、笹塚ボウルです。

笹塚ボウル再生の第一歩

1973年に創業した笹塚ボウルも他のボウリング場と同様に、開場してまもなくブームが去り経営困難に陥ります。老朽化に伴って2007年に設備リニューアルを行い、売上をV字回復させた秘訣は、「リブランディング」でした。
笹塚ボウルは、トーン・マナーやロゴ・シンボル等の変更といったデザイン変更。もしくは幅広い顧客に受け入れられるためのボウリング以外のエンタメ・イベント開発。このような目先の手段だけに走るのではなく、まず理念やミッションに立ち返り、自分たちが提供できる本質的な価値は何なのか?社会的存在価値は何なのか?を徹底的に社内で議論されたそうです。

その結果として出てきた新しいビジョンが「地域に愛され必要とされる場」というものでした。
ボウリング場を単なる「スポーツや娯楽を楽しむスペース」から、人々が交流し、会話できる「コミュニケーションを最大化するスペース」として昇華させることを前提に、コンセプトを「レストランの中にあるボウリング場」と決め、飲食業に比重を置き、設備リニューアルを行なわれました。新しいコンセプトに基づき、ボウリング以外のサービスとして食事やお酒を楽しめるセットプランや結婚式場、レストラン、DJイベントなどのサービスを次々に展開していきます。

その結果、笹塚ボウルは地域の人々から愛される場所(ブランド)へと変わり、持続的な事業成長を遂げていくことになります。

「ブランドの持続可能性」シュリンク市場で生き残る、笹塚ボウルの成功事例_画像1

笹塚ボウル再生の秘訣

笹塚ボウルがリブランディングを成功させた要因を、筆者独自の視点で3つに整理しました。

その①「地域住民に愛され、必要とされる存在へ」

笹塚ボウルは、結婚式二次会・誕生日会・音楽フェスといったイベントの定期開催だけでなく、高齢者同士の交流の場を創出しています。1,200人以上のシニアサークル会員が在籍しており、高齢者の運動習慣からの健康寿命の延伸、地域医療費の削減といった地域社会貢献を実現されています。また、ジュニア向けには「礼儀、感謝、思考力向上」を養える場として、ジュニア生徒が150名以上も在籍されているそうです。老若男女問わず楽しめるボウリングだからこそできることであり、これらの活動を通して地域住民を活性化させるコミュニケーションの場として確立されています。 

その②「ブームではなく、カルチャーを創る精神」

「一時のブームに乗っかるのではなく、10年後を見据えたカルチャー(文化)を創り出すことに貢献できているか?」ということを常に意識され、新しいことにチャレンジし続けているようです。
リブランドした初期に掲げたコンセプト、「レストランの中にあるボウリング場」に留まらず、ファッションアイテムのデザイン開発・販売や、世界観が統一されたBGM選曲、さらにはポスター1枚にまでこだわった内装デザインなど、笹塚ボウルの世界観に一貫性を持たせて発信し続けています。これらの「食・ファッション・音楽・空間デザイン」が組み合わさることで、笹塚ボウル自体のカルチャーが生まれ、そこに共感されるファン(お客様・アーティスト・エンタメ業界関係者)が集まる好循環を形成されていると言えます。

その③「非常事態時の徹底支援」

笹塚ボウルは、地震や災害時には避難所としての役割を果たすことで、地域の人々からの信頼を獲得されているそうです。東日本大震災が発生した際には、帰宅困難者らにカレーやお茶を提供。ツイッターで発信し多くの方が集まり、翌朝まで無料開放しました。
このような、“街の公民館”的な地域との結びつきが、地域の人々にとって必要とされる存在となり、信頼されるブランドになっているのだと思います。

笹塚ボウルが成功した背景には、こうした取り組みだけでなく、SNSを使った情報の発信・ブランドの世界観浸透も大きく寄与しています。自社のInstagramのアカウントでは、新しいコンセプトの世界観に合わせた投稿でコラボ商品やイベント情報、レストランで販売されている新メニューなど、お店に行きたくなる情報を発信してブランドの認知・集客を行っています。

「ブランドの持続可能性」シュリンク市場で生き残る、笹塚ボウルの成功事例_画像2

カルチャーを創ることこそが、真のブランディング

笹塚ボウルは、自社の提供価値やビジョンを見直すことで、地域の人々から愛されるブランドへと成長しました。その裏には、「ボウリング場というものに囚われ過ぎず、リアルコミュニケーションの場に徹する」ことが、経営者並びに従業員の中にマインドとして根付いていたからだと感じます。
これは、ボウリング市場だけでなく、印刷業や旅行代理店、映画レンタル業などといった衰退市場とされる業界でも、特に意識すべき取り組みです。

衰退しつつある市場で競争力を維持するためには、過去の成功に固執せず、柔軟に変化に対応し、新たな価値を提供することが不可欠です。その過程で、企業は自身の理念やミッションを見直し、消費者ニーズに合ったサービスやプロダクトを生み出すことが求められます。

笹塚ボウルから学んだこと、それはブームの加熱と同時に成長したビジネスは、ブームが去ると同時に衰退をたどるということです。ブームに乗るのではなく、ブームとうまく共存し、その先のカルチャーを創ることを前提においたビジネスモデルを構築することが、これから益々重要になってきます。そしてそのためには、自社のブランド価値(提供価値)を明確にしていることが大切であり、これこそが「ブランディング」なのです。

writer
井戸本 眸